法人化シミュレーションのやり方|所得いくらから得かを試算で判断

私は税理士事務所で年間50件以上の法人設立・決算を担当し、自分自身も個人事業主から合同会社に移行しました。その経験から、シミュレーションの正しいやり方と、見落とすと後悔するコストまで具体的に書きます。
この記事で分かること:シミュレーションで何を入力すれば比較できるか、所得いくらから有利になるか、メリット・デメリットの全体像、株式会社と合同会社の違い、そして法人化を見送るべきケースです。
法人化シミュレーションとは?何が分かるのか

法人化シミュレーションは、同じ所得を「個人事業のまま」と「法人にした場合」で並べて、税金と手取りを比較する試算です。
ポイントは税金だけ見ないこと。法人にすると社会保険の加入義務が出るので、手取りで比べないと判断を誤ります。日本年金機構は、法人事業所は業種を問わず厚生年金・健康保険の適用事業所になると案内しています。
シミュレーションで比較できる項目
比較する軸はだいたい決まっています。個人と法人で、税率の仕組みも控除の使い方も違うからです。
| 比較項目 | 個人事業主 | 法人 |
|---|---|---|
| 所得への課税 | 累進の所得税 | 比例の法人税 |
| 役員報酬 | 経費にできない | 給与として経費にできる |
| 給与所得控除 | 使えない | 役員報酬に対して使える |
| 社会保険 | 国保・国民年金 | 厚生年金・健康保険(折半負担) |
| 赤字の繰越 | 原則3年 | 原則10年 |
個人の所得税は累進で、課税所得1,000万円超1,800万円以下は33%まで上がります。一方、法人税は年800万円以下の所得部分が15%。ここの差が法人化の節税の核心です。
シミュレーションにかかる費用と無料ツール
結論、シミュレーション自体はタダでできます。会計ソフト各社や税理士事務所が無料の試算ツールを公開しているからです。
freeeも法人化シミュレーションを無料で提供しています。本格的に判断するなら、最終的に税理士へ相談するのが安全ですが、まず自分で数字感をつかむ段階は無料ツールで十分です。
シミュレーションを始める前の準備
用意するのは確定申告書の控え、または直近の年間売上と経費が分かる数字。これだけです。
所要時間は5分ほど、難易度は低め。電卓も不要で、入力するのは売上・経費・想定する役員報酬の3つが基本になります。
法人化シミュレーションのやり方(所要時間と手順)
ここからは実際の手順です。所要時間は約5〜10分、初心者でも迷わない難易度に落として説明します。

必要なのは直近の売上・経費・所得の数字だけ。順番にいきましょう。
手順1:年間所得・売上などの前提条件を入力する
まず売上と経費を入力し、課税所得を出します。課税所得=売上−経費−各種控除、というシンプルな構造です。
確認の目安:自分の確定申告書の「課税される所得金額」と、入力後に表示される個人事業の税額が近ければ正しく入力できています。
手順2:役員報酬の額を決めて入力する
次が一番のヤマです。役員報酬をいくらにするかで、結果が大きく変わります。
役員報酬は給与扱いなので、給与所得控除が使えます。国税庁の給与所得控除では、収入660万円超850万円以下は「収入×10%+110万円」、850万円超は195万円が上限です。
ただし役員報酬を高くしすぎると社会保険料も個人の所得税も増えます。私が実務でよくやったのは、法人に少し利益を残しつつ、社会保険料が跳ね上がらない水準に報酬を調整する設計でした。
確認の目安:役員報酬を変えて再計算したとき、法人税・所得税・社会保険料の合計が一番小さくなる金額が見つかれば成功です。
手順3:個人と法人の税額・手取りを比較する
最後に、個人のままの手取りと、法人化後の手取りを並べます。
見るべきは税額の差ではなく手取りの差。法人税が下がっても社会保険料が増えて手取りが減るなら、その法人化は見送り、という判断になります。
確認の目安:法人化後の手取りが個人より明確に多ければ、法人化を前向きに検討してよい段階です。
うまくいかないときの対処と確認の目安
よくあるつまずきは「役員報酬を全部の利益にしてしまう」パターン。これだと個人の所得税が増えて、法人化の意味が薄れます。
うまくいかないときは、役員報酬を売上規模の半分前後から動かして、合計負担が最小になる点を探してください。これで「自分のケースで手取りがいくら変わるか」が見えれば、この手順は完了です。
年間所得いくらから法人化が有利になるのか
一番知りたいのはここでしょう。私の実務感覚では、課税所得800万〜900万円が分岐点です。

理由は税率構造。個人は課税所得が上がるほど税率が上がりますが、法人は年800万円以下部分が15%で頭打ちに近いからです。以下、所得別に傾向を見ます。
課税所得500万円の場合の試算
正直に言うと、課税所得500万円ではまだ法人化を強く勧めません。
この水準だと個人の所得税負担はそこまで重くなく、法人にすると社会保険料の自己負担増と維持コストが先に効いてきます。手取りで逆転しないケースが多い帯です。
課税所得900万円の場合の試算
900万円あたりから景色が変わります。
個人の所得税は課税所得900万円超で税率が33%帯に近づく一方、法人は800万円以下部分が15%。役員報酬で給与所得控除も使えるため、設計次第で手取りが個人を上回り始めます。私が法人化を本格的に検討してもらうのはこのラインからです。
課税所得1,500万円の場合の試算
1,500万円なら、ほぼ迷わず法人化を勧めます。
個人は課税所得1,000万円超1,800万円以下で税率33%。これに対し法人は800万円超部分でも23.2%です。所得を役員報酬と法人利益に分けることで、税率差をまるごと活かせる帯です。
法人化のメリットと税負担が軽くなる理由

法人が得になる理由はいくつかありますが、効くのは「経費にできる範囲が広がる」点と「赤字を長く繰り越せる」点です。
税率の低さばかり語られますが、現場で効くのはむしろこの2つでした。
役員報酬・家族給与を経費にできる
個人事業では自分の取り分は経費になりません。法人なら役員報酬として経費にできます。
さらに役員報酬には給与所得控除が乗ります。同じ所得でも、法人側で経費化+個人側で控除、という二重取りに近い効果が出るのが強みです。家族を従業員にして給与を払えば、これも経費になります。
赤字を最大10年繰り越せる
個人の青色申告は純損失の繰越が原則3年。法人の欠損金は原則10年です。
この差は大きい。事業の浮き沈みが激しい業種ほど、過去の赤字を将来の黒字と相殺できる10年は効いてきます。
設立後2年間の消費税免除と退職金の活用
新設法人は、一定の要件を満たせば設立後の一定期間、消費税の納税義務が免除される場合があります。ただしインボイス登録をすると課税事業者になるため、ここは後述の注意が必要です。
もう一つ、法人ならではが退職金。自分に役員退職金を出せるのは個人事業にはない節税スキームで、出口戦略として効きます。
法人化のデメリットと見落としがちなコスト
ここは正直、デメリットの方を厚めに書きます。シミュレーションで一番抜けるのがコストだからです。

税額が下がっても、設立費用・社会保険料・維持費で帳消しになる人を何人も見てきました。
設立費用とランニングコストの目安
設立時の登録免許税は、法務局の案内で株式会社が資本金の0.7%(最低15万円)、合同会社が資本金の0.7%(最低6万円)です。合同会社の方が初期費用は明確に安く済みます。
さらに見落としがちなのが法人住民税の均等割。赤字でも毎年かかります。
社会保険料の負担増を定量的に検証
法人化で一番効くデメリットがこれです。法人は社会保険の強制適用になります。
健康保険料・厚生年金保険料は会社と本人で折半。とはいえ一人社長なら会社負担も実質は自分の財布です。役員報酬が高いほど保険料も上がるので、報酬設計とセットで考えないと節税分を保険料で食われます。
税理士・記帳代行など維持コスト
法人は決算が複雑になり、自力申告のハードルが上がります。多くの一人社長が税理士に依頼します。
私の実務感覚では、顧問+決算の費用が年間で十数万円〜という水準になりやすい。シミュレーションでは、この維持コストを「法人化で増える固定費」として必ず手取りから引いてください。
株式会社と合同会社どちらを選ぶべきか
一人で始めるなら、私は合同会社を勧めることが多いです。理由は設立費用と運営の軽さです。

税金の計算は両者でほぼ同じ。違いは費用と信用面に出ます。
設立費用・信用面・運営の違い
| 項目 | 株式会社 | 合同会社 |
|---|---|---|
| 登録免許税の最低額 | 15万円 | 6万円 |
| 対外的な信用 | 高い傾向 | 株式会社より見劣りする場合あり |
| 役員任期・決算公告 | 必要 | 不要で運営が軽い |
| 税金の仕組み | 法人税で同じ | 法人税で同じ |
登録免許税の最低額は株式会社15万円、合同会社6万円。この差だけで初期費用が9万円違います。
業種・事業形態別の向き不向き
対法人取引が多い、許認可や資金調達で信用が要る事業なら株式会社。フリーランス延長の一人事業や、対個人サービス中心なら合同会社で十分というのが私の判断軸です。
迷ったら、まず合同会社で始めて後から株式会社へ組織変更する手もあります。
法人化を見送るべきケースと注意点(独自検証)

ここが他の記事に薄い部分なので厚く書きます。数字上は得でも、法人化を勧めないケースは確かにあります。
私が「やめておきましょう」と伝えた典型を3つ挙げます。
手取りが逆に減る失敗パターン
一番多い失敗は、社会保険料と維持コストを計算に入れずに「税率が低いから得」と飛びつくケースです。
課税所得500万円台で法人化し、社会保険の折半負担と税理士費用を足したら個人時代より手取りが減った、という相談は実際に受けました。シミュレーションは必ず手取りベースで、保険料と固定費を引いてから判断してください。
インボイス制度が判断に与える影響
設立2年間の消費税免除は魅力ですが、取引先が消費税の控除を求める場合、インボイス登録をせざるを得ないことがあります。
登録すれば免税のメリットは消えます。免税を当てにして法人化の計算を組むと、想定が崩れる。ここは事前に取引先の状況を確認してから判断すべき点です。
資産・契約の引き継ぎ手続きの落とし穴
個人事業の資産や契約を法人に移す作業も地味に重い。事業用の口座、リース契約、賃貸借契約、許認可は名義変更や再取得が必要になることがあります。
特に許認可は、法人で取り直しになると事業が一時止まるリスクもある。法人化前に、引き継ぎが必要な契約を洗い出しておくのが安全です。
法人化シミュレーションでよくある質問
よくある質問
最後に一言。シミュレーションで手取りが明確に増えるなら、設立準備に進む価値はあります。逆に差がわずかなら、私は一年見送って所得が伸びてから再試算することを勧めます。

